ログイン「うん。そうですね……そらさんと一緒なら、大丈夫ですね」
彼女はそらの胸に顔を埋め、声を震わせながらそう答えた。抱きしめる腕に一層力が込められた。森の湿った空気の中で、二人の間に確かな絆が結ばれた瞬間だった。
急にティナに抱きしめられて、そらは戸惑った。両腕を回され、密着した身体から伝わる柔らかな感触に、そらの心臓は不意に跳ねた。
そらの胸に押し付けられたティナの柔らかな胸の感触が、直接、そらの皮膚に伝わり、その弾力と温もりにそらの心臓は戸惑った。彼女の顔がそらの肩に乗せられており、緊張と安堵で上気したティナの甘く熱い吐息が、そらの首筋に優しく吹きかかり、肌を粟立たせた。微かに漂う花の香りが、そらの理性の一角を揺さぶる。
(うわぁ、ティナさん、密着しすぎじゃない!? この柔らかさ……ちょっとドキドキするんだけど……)
抱きつかれて素直に嬉しかったが、同時にそらの頭は警鐘を鳴らしていた。
(いや、待って。今、魔物に囲まれているんですけど……ティナさん!)
周囲の木々の影には、先ほどの戦闘の匂いに引き寄せられた中級、上級クラスの魔物たちが、息を潜めて二人を窺っている気配が濃厚に漂っている。しかし、そらに抱きつき、全てを委ねたようなティナは、その危機的な状況を完全に忘れているようだった。彼女の行動は、無防備で、あまりにも大胆だった。
そらは、ティナの柔らかい感触と、周囲の殺気とのギャップに、どう反応すればいいのか分からず、頬を微かに引きつらせながら、そっと彼女の背中に手を回した。
そらは慌てて周囲を包み込むように、目に見えない絶対防御の結界を張り巡らせた。しばらく堪能し……じゃなくて、このままでは不味いとすぐに我に返ったそらは、ティナを抱きかかえたまま、近くの苔生した平らな岩場へと移動し、そこに腰を下ろした。
ティナは自分を落ち着かせようと、改めてそらの肩に顔を乗せ、安心しきった様子でそらに抱きついていた。そらは、そんな彼女の背中と頭を優しく撫で、抱きしめることで落ち着くのを待っていた。ティナの全身から力が抜け、そらに体重を預けてくるのを感じた。
その間にも、そらは手を休めてはいなかった。
ティナを抱きかかえたまま、結界の外、森の頭上遥か高空に意識を集中した。結界の内側は静寂に保たれているが、その外側、森の闇の中に潜む魔物たちに向けて、無言のまま魔法を発動した。
結界の外の夜空に、無数の巨大な魔法陣が、荘厳な光を放ちながら一斉に展開された。それらの魔法陣は、幾重にも重なり合い、青や紫の魔力を宿した複雑な幾何学模様が、まるで星雲のように煌めいた。その数、数十。膨大な魔力が凝縮され、辺りの空気がビリビリと震えるほどのエネルギーが満ちた。
次の瞬間、それらの魔法陣の全てから、彗星の尾を引くかのような光芒を放つ無数の魔力弾が、雨霰と地上に向けて降り注いだ。
ドォン!ドォン!ドォン!
激しい爆発音が森中に轟き渡り、大地を揺らした。着弾した場所には、直径数メートルにも及ぶクレーターが出現し、木々が根元からへし折られ、土埃と閃光が吹き荒れる。高ランクの魔物でさえ、その雨のような無慈悲な飽和攻撃に抗うことはできず、悲鳴を上げる間もなく数を減らされていった。
結界の内側では、ティナがそらの胸の中で安らかに呼吸を繰り返している。そらは彼女の頭を撫で続けながら、外で繰り広げられる地獄のような光景を、結界で完全に遮断していた。
ティナが完全に落ち着いた頃合いを見て、そらは密かに結界の外の地形を魔法で元の状態に復元させた。そして、何事もなかったかのように、そっと現状をティナにさりげなく伝えた。
「あ、そろそろ魔物に囲まれそうだよ」
その言葉に、ティナはハッと顔を上げた。そらの胸から顔を離し、周囲を警戒して見渡すと、先ほどまでの激しい戦闘の痕跡は消えているものの、再び強大な魔物の気配が濃くなっていることに気がついた。
「……ホントだ!! 不味いですよ」
彼女の顔に再び緊張が走った。目の前の状況は、先ほどよりもさらに悪化しているように感じられた。
「どうする?」
そらは、優しくティナの背中を叩きながら、まるで彼女の提案を待っているかのように尋ねた。さりげなく、主導権をティナに渡そうとしているのだ。
「崖の壁まで走り抜けて壁を背に戦いましょう。退路は無くなりますが……わたしが、どうにかします」
ティナは、そらの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、真剣な表情でそう言った。彼女の瞳には、先ほどまでの甘えや不安はなく、戦う者としての覚悟が宿っていた。そらの絶対的な力に守られ、彼女の中に新たな自信が芽生えていた。
「うん、分かった。それで行こう」
そらは即座にティナの作戦に同意した。彼の顔には、ティナの決断を尊重する信頼の色が浮かんでいた。
「ファイアボールで道を作ります!」
ティナは躊躇なく杖を前方に突き出した。先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が、竜の魔石を通じて増幅され、放出された。
「これは、大事にしまっておいてね。練習で使わないようにね!」 俺は念を押すように強く言い聞かせた。「はぁい。わかったぁー」 フィオは幼いながらも、その重要性を理解したように素直な返事をした。「じゃあ、テントの周りを案内するよ」 レナを連れて、俺たちはキャンプ場の設備を見て回った。露天風呂、清潔なトイレ、そして機能的なキッチンを順に案内していくと、彼女は驚きを隠せない表情を浮かべた。その瞳は、目の前の光景を信じられないといった様子で、何度も瞬きを繰り返している。「なんなんすか? ここ……」 彼女は呆然とした声で呟いた。「キャンプ場かな?」「ぜったい違うと思うっす!」 俺の適当な返答に、レナは食い気味に突っ込んだ。その反応は、この設備がいかに常識外れであるかを物語っていた。 レナは俺と会話を続けながらも、視線は絶えず、湯気が立ち上る露天風呂の方をチラチラと向けていた。彼女の顔には、剣士としての矜持と、湯に浸かりたいという誘惑との間で揺れる感情が読み取れた。「お風呂入っちゃえば?」 俺がそう声をかけると、彼女の顔がぱっと明るくなった。「え? 良いんっすか!? わぁっ。やったー」 レナは弾むような声と共に、喜びを隠さず脱衣場へと駆け出した。すぐにカタン、と音がして、彼女は露天風呂の湯船へとその身を沈めた。 ――あぁ……この人も恥じらいがない系の人だ。 彼女の姿を前に、俺は思わずため息を飲み込んだ。ティナより胸のサイズはわずかに小さいかもしれないが、年相応の瑞々しさがそこにあった。そして、剣士として鍛え上げられた体は無駄な肉が一切なく引き締まっており、均整の取れたスタイルは目を奪われるほどに良かった。「外でお風呂に入れるなんて思ってもいなかったっすよー」 湯船から顔を出したレナが、心底気持ちよさそうな声で言った。新鮮な外の空気と、体を包み込む温かい湯気に、彼女の心も体も解き放たれているのが見て取れた。
「ごめんね。今キャンプ中で、しばらくここに滞在するんだけど大丈夫?」 俺がそう尋ねると、レナは気に留める様子もなく、修行の日々を送る者特有の割り切りを持って首を横に振った。「自分は、どこでも寝れますので大丈夫っす。依頼もないので問題ないっす」 彼女の言葉には、僅かながら暇を持て余しているような退屈も滲んでいた。その時、小さな影が視界の端に映った。フィオだ。彼女はこちらに気付くと、弾かれたように駆け寄ってきて、力いっぱい俺に抱き着いてきた。その小さな体重と柔らかな温もりに、俺は思わず頬を緩める。「あ、この子をよろしくね」 俺はフィオの柔らかな頭を優しく撫でながら、レナに向かって彼女を紹介した。「え!? この可愛い女の子をっすかぁ……? 私が教えられるのは剣術っすけど?」 レナの目は、目の前の幼い少女に驚きと戸惑いを湛えていた。彼女の剣術にかける真摯さを思えば、遊び半分で教えることはできないという迷いが、声の調子から伝わってくる。「なんか剣の筋が良いって言われてさ」 俺がそう伝えると、レナは目を見開いた。その一言が、彼女の心の奥にある剣士の血を揺り動かしたようだった。彼女の瞳の奥に、探究心と期待の光が宿る。「そうなんっすか? じゃあ……少し見てみるっすか……」 レナが腰に佩いていた刀を抜き放つ。金属が鞘から擦れる微かな音が、周囲の空気を張り詰めた。その瞬間、彼女の目つきは一変した。先ほどの気楽な雰囲気は消え失せ、研ぎ澄まされた刃のような、鋭い光を宿す。「ちょっと私に、本気で打ち込んできてくださいっす」 真剣な眼差しを受け、フィオは迷いなく頷いた。「うん」 フィオも自分の剣を抜く。細い腕には不釣り合いなその剣が抜き放たれた刹那、周囲の空間が歪んだかのように感じられた。フィオの小さな体から、形容しがたい威圧のオーラが溢れ出す。それは、太古の力、ドラゴンの威圧そのものだった。まるで目に見えない炎のように揺らめき、辺りの草木さえも押し潰しそうなほどの重圧
そらが指差された方を見ると、テーブル席に一人の剣士が座っていた。彼女はティナと同じくらいの年齢の、まだ幼さが残る少女だった。しかし、頭にはピンと立った獣の耳が、腰からは長い尻尾が生えており、その美しくも野性的な見た目は、隠しようがない獣人族であることを示していた。 ティナは、その獣人族の少女をじっと見つめ、どこか懐かしそうな、そして少し痛みを伴ったような表情を浮かべた。「少し前の自分を見ている感じですね……」 彼女は、そっと囁いた。「ヘルプだけで暮らしていくのは不安ですよ。正式なパーティに入れれば安定した依頼を受けられますけれどね……わたし以上に差別があって難しいでしょうね。獣人族の見た目は、隠すことが難しいですから……」 ティナの言葉一つ一つに、過去の彼女が経験してきた苦悩や孤独が込められていた。姿は人間でありながら差別を受けたティナでさえ困難だったのだ。姿を隠せない獣人族の少女が、安定した生活を築くことがいかに難しいか、想像に難くなかった。 ティナの言葉を聞いたそらの胸は、ギュッと締め付けられるような思いがした。見た目だけで評価され、努力や実力が無視される世界の理不尽さが、彼の心に重くのしかかった。「あの子を雇ってみても良いかな?」 そらは、ティナの過去と重ね合わせ、その獣人族の少女を助けたいという気持ちが強くなっていた。彼はティナに問いかけた。「はい。良いのではないでしょうか」 ティナは即座に太鼓判を押した。「わたしも何回かヘルプで同じパーティになったことがありますけど、良く働く真面目で良い子ですよ」 ティナのお墨付きをもらい、そらは迷うことなく、ギルドマスターに軽く会釈をして、そのテーブル席へ向かった。 ギルドマスターが、二人の間に立ち、間の言葉を挟んで紹介してくれた。そらは少女に向かい、以前ティナに話したのと同じ契約内容を、落ち着いた声で伝え、交渉を始めた。「えっと……依頼内容は、子どもに剣術を教えること。待遇は、住み
フィオは満面の笑みを浮かべたまま、地面にゴロンと倒れ込んだ。これで、俺役は死んだらしい。 そらは、その光景を呆然と眺めていた。 (え? なんで!? 俺……弱くないか?) 心の中でそらは叫んだ。たったキス一発で戦闘不能になる「俺役」のあまりの弱さに、衝撃を受けた。 (その話の俺が、主人公じゃないの? 主人公が、たったキスで死んじゃって良いのかよ) 主人公としての立場と威厳が、キス一つで簡単に崩壊した事実に、そらは密かに頭を抱えた。 フィオに続き、次はアリアが「ティナは負けないわ!」と意気込んだものの、すぐにエル(魔物役)に襲いかかられた。アリアは抵抗する間もなく抱きつかれ、キスをされると、アリア(ティナ役)もそのまま倒れて全滅となった。 そらは、この展開に納得がいかなかった。 (魔物役がちょっと強すぎじゃないの。なんでキスで倒されるんだよ!) 思わずツッコミを入れたい衝動を抑えながら、そらは頬を引きつらせた。子供たちの想像力と遊びのルールは、彼の常識を遥かに超えていた。 また、始まるらしい。役は変わらず続行するみたいだ。(いろいろと異議があるが、放っておこう……)♢剣士の家庭教師 不意にティナに呼ばれ、そらは彼女と一緒に、川のほとりに設置された手作りのテーブルに座った。穏やかな川のせせらぎが、二人の会話を包み込む。「フィオは素早さと瞬発力がありますし、先ほどの討伐ごっこの際に木の棒を振り回すのを見ていましたが、剣の筋が良いと思いますよ」 ティナは、遊びの中とはいえ、フィオの動きを真剣に観察していたようで、その顔は教師のような真面目な表情をしていた。 (え!? そうなの?) そらは内心驚いた。フィオの運動神経が良いことは知っていたが、剣士としての才能にまで言及されるとは思わなかった。 (でも、剣術の基本が分かる人はここにいないから、誰も教える人はいないな……) 頭を悩ま
翌日の朝、ブロッサムは皆に別れの挨拶を終えた。エルやフィオが名残惜しそうに手を振る中、そらはブロッサムに指定された、彼女の実家の近くの目立たない場所まで送り届けた。「色々と世話になりました」 ブロッサムは貴族の令嬢らしく、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。その表情には寂しさと感謝が入り混じっていた。「こっちも色々とありがとうね。いつでも連絡してね」 そらが優しく声をかけた。 二人の会話が終わるか終わらないかのうちに、近くにいた門兵にブロッサムの姿が気づかれ、たちまち大騒ぎになってきた。門兵たちが驚きと喜びに満ちた声を上げながら、こちらへ向かってくる。 騒動に巻き込まれるのを避けるため、そらはブロッサムと最後の挨拶を終え、慌ててキャンプ地に転移で戻ってきた。 まあ、転移もあるし、すぐに会えるし、魔法通信もあるから、いつでも連絡できる。そらは再会を楽しみに、心の中でそう締めくくった。♢罠の成果と複雑な感情 そらはフィオをエルとアリアに任せて、ティナと一緒に昨日仕掛けた罠を見に行った。フィオたちは朝から川で水遊びを再開している。(おっ!! イノシシっぽいのがかかっていた。猪のような感じだけど、イノシシより大きく、体毛は黒く太く硬そうで凶暴そうな目つきだ。魔力も感じられるので、魔獣のイノシシかな?) 重厚な罠の強化されたローブがギチギチと音を立てるほど、獲物は暴れていた。「凄いですね。本当に捕れると思ってなかったです」 ティナが驚いたような声を上げた。その瞳は獲物の大きさに、見開かれている。疑っていたのですね、ティナさん。実はそらも捕獲に自信がなかったんだけどね。そらは心の中でそう呟き、頬を緩ませた。 次の罠の確認に行く時、足場の悪い山道でティナがバランスを崩し、転びそうになった。そらは咄嗟に彼女の身体を支えようと腕を伸ばしたが、勢いのまま、柔らかいティナの胸に触れてしまった。「きゃっ」 ティナの短い悲鳴が響く。 うわ、不味い!! ティナの変なスイッチが入ってしまう。そらは慌てて、何もなか
「この先に、ボクの仲間で家族のような獣人の娘がいますが」 そらが告げると、獣人たちは一斉に警戒したような表情を見せた。彼らの視線に敵意が混じる。「お前が捕らえているのか!?」「捕らえてはいませんよ。保護をして面倒を見ています」 そらは冷静に否定した。「だったら連れてきて証明しろ! 直接、本人から話を聞かせてもらって判断する」 リーダーは言い放った。彼の目は全てを見通そうと鋭く光っている。 そらは彼らの視線を受け止めながら、その場で転移魔法を発動した。一瞬の光と風が渦巻き、フィオを抱きかかえるように連れて戻った。「……なに?」 フィオは魚捕りを中断された不機嫌さを隠すことなく、獣人族の人々に向かって素っ気なく答えた。そりゃそうだ……楽しい遊びを邪魔され、ムッとした表情なのだから。彼女はそらにしがみつき、不審な集団を警戒している。 フィオの姿を見るなり、獣人たちは一斉に彼女に詰め寄ってきた。その表情には焦りと心配がにじんでいる。「大丈夫か? 辛い思いをしてないか? 助けに来たぞ」 大勢の大人に囲まれ、剣幕に押されたフィオは少し怯えたようだった。彼女はすぐにそらの後ろに隠れ、そらの服の裾をぎゅっと掴んだ。「つらくない。だいじょうぶ! ほっといて」 震える声だったが、フィオの言葉は力強かった。その瞳には自分を心配するどころか利用しようとした者への拒絶が宿っている。「本当か?」 リーダーの獣人が訝しげに問い返す。「こわい。このひと……」 フィオはそらの服の裾をさらに強く掴んだ。彼女の純粋な怯えと、そらに対する信頼の深さが、獣人たちに伝わったようだ。獣人たちは、その様子を見て、ようやく納得した。フィオが望んでいないことを理解したのだ。「本当みたいだな。悪かった! 近くに来ることがあれば村に寄ってくれ。人間が来たことはないが、獣人の娘を大切に保護してくれているお前は歓迎しよう」 リーダーの獣人は深く頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を述べた。 仲間思いだけど、やっていることは危ないな……。助け出されたとしても、魔物や魔獣もいるこんな山奥で解放されてもなぁ……。そらは彼らの状況を察し、少し複雑な心境になった。「俺たちは帰るが、その娘を頼んだぞ」「うん。任せて!」 そらは力強く頷いた。 獣人族の集団が名残惜しそうにこちらを振り返りながら、森